イニシエーション

noteにて、2023年4月23日に公開した記事。

 

伝説の武道家の講座
 2018年の7月、知人に紹介されてある武道家の講座に向かった。

 その知人が言うには、その武道家は、伝説の武道家だという。体育やスポーツの畑にいた僕ではあるが、武道にも武道家についてほとんど知らず、当日会場に向かうまでにわかっていたのは、その人が伝説的な人であると言うことだけだった。

市ヶ谷駅で下車して、駅近くにある会場となっているビルに向かう。

中に入ると、少し薄暗めのロビーで、人の出入りがほとんどなかったが、入り口付近のソファで二人のおじさんが談話していた。軽く会釈をして通り過ぎた。入り口から5mくらい歩いた先にあるエレベーターに乗り込み、会場の階へ向かう。

 ドアが開くと、割と眩しいくらいの明るさの部屋が目の前に現れる。

 会場入り口に入ったすぐ左に受付のようにテーブルが置かれ、そこに女性がいたので、挨拶をする。参加のメールを送ったことを告げ、初めての参加であることを伝える。

お待ちしていましたと、優しい笑顔で迎え入れてくれた。そして、せっかくなので、一番前の席にと、勧められる。

伝説の武道家のことをまともに調べずに来てしまっていたので、躊躇しながらも前の方に向かう。

 中にはもう既に知人が待っていた。彼と彼のパートナーがこっちこっちと手招いてくれている。その二人にも最前列が空いているからそこにいくよう勧められ、緊張しながらも前の方に座った。

 ホワイトボードの前にある机に一人の男性が歩いてきた。老人と言うにはかなり活力のありそうな男性で、笑顔が印象的な高齢の人だった。おじさんでもなく、老人でもない、どう表現したらいいのかわからない、でも、快活な方だった。よく見ると、先ほど、ビルの入り口で見たおじさんの一人だった。

 そう、さっきすれ違ったおじさんが伝説の武道家だったのだ。

遵という名前
 この講座に誘ってくれた知人が早速その武道家の先生に僕を紹介してくれた。

 所属先や名前を伝えて、「立派な体してるね、あなたぐらいのからだだったら全世界制覇できたかもしれないよ」と冗談っぽく、笑顔で話しかけてくれた。随分とにこやかに話しかけてくれたことが非常に印象的だった。

 時間になり、講座が始まる。冒頭に今日初めての参加者として自己紹介をうながされる。名前を改めて参加者に告げた。

 そうすると、その伝説の武道家はおもむろにホワイトボードに向かい、僕の名前を書き始めた。そして、「遵」という字の成り立ちを話し始めた。

 「遵という時は、樽を捧げている姿を文字にしたもので、自分よりも位の上のもの捧げている姿から、そういったものに従うという意味で使われている。」

 遵という名前が何かにしたがうという意味であることは知っていた。でも、その当時は、法令遵守といった言葉で使われるように、社会や学校の規則にしたがうという意味で解釈していた。随分真面目な窮屈な名前だと思っていたところもあった。とはいえ、決して名前を嫌ったことはなかった。そんな名前から正義感が湧いてくることもあった。それでも当時は何かしらの窮屈さを感じていた。

そして、伝説の武道家は続ける。

「では何にしたがうのか。大いなるものにしたがう、よりも高次のものにしたがう。たとえば、宇宙の真理にしたがうとか」と。

 その言葉を聞いて窮屈に感じていたはずの名前だったのに、急に目の前が開かれていくような心持ちになった。非常に感動した。というか、新たに解釈された自分の名前を聞いて、何か許されたような感覚を得て、何か自分を縛っていたものから解放されたような気がした。

 


きっとこれが伝説の武道家から受けた新たな道へのイニシエーションだった。