愛される準備

noteにて、2023年4月24日に公開したもの。

 

2023年4月24日。
自宅から駐車場に向かっている途中に急に気がついたことがある。

それは、「愛される準備ができた」という感覚だった。

先月と今月の稽古の中で、意識や発声に方向性を持つという号令があった。それについて取り組んでいたところ、意識とエネルギーの行き来の感覚に関する気づきがあった。

これについては別の機会に紹介したいので、ここでは簡潔にいう。それは、自分から相手に向かう方向と相手から自分に向かってくる方向、その二方向は同じ根源を介したとき二つの無限ループとなり、この二つのループを同時に発生させるとその二つのループの間に新たなエネルギーが発生するというものだった。

その気づきがもたらされたとき、今まで送ることへの意識はずっとしてきたけれど、相手からエネルギーを受け取るっていうことにこれまではずっと違和感があったことに気づいた。

しかし、今回の気づきである、エネルギーが同じ根源に行き着くこと、そすて、二つのループが存在することに気づいたとき、相手という意識が薄れた。

というか、相手という存在に対して、無駄に自分が意識してしまっていたことが消え去った。

つまり、自分で送ろうが、相手から受け取ろうが、根源にたどり着いた時には同じであるということが感覚的にわかった。それは自分の根源から相手を介して戻ってきたものであって、それは脚色されていない純粋なエネルギーだからとも言えるからだ。

そう思えたとき、エネルギーを受け取るということが非常に快く感じられた。

今までは、自分からエネルギーを出してばっかだったと思っていたところもある。自分から送ってばかりだと。それはそれで実感的事実だった。

そうなのだけれど、僕自身が相手からのエネルギーを受け取ろうとしていなかった、それも無意識に起きていたことだったことに気づいた。

そう、昔から愛されることが苦手だった。

小学校の時も女子から好かれるとなんか決まりが悪くて、照れ臭くて、その気持ちを受け取ることができなかった。きっとこれまでの恋愛やパートナーシップでもおそらくそうだったのかもしれない。

いざ、愛や気持ちを向けられると、それに応えられないような気がしてか、心が閉ざしてしまっていた。

そんな自分だったことに気がついた。

でも、今回の稽古からの気づきを経て、急に愛されることを許容できる気持ちになった。

エネルギーや意識、いや、そんな固いものではなく、気持ちを受け取る準備ができたんだなって、そう思えた。