noteにて、2023年4月27日に公開。
「ジュンさん、あなたはもっと無責任になりなさい」
そう、伝説の武道家はニコニコしながら言った。
近くにいるベテランのような参加者を指をさして
「彼みたく思いっきりだらしなくなってみなさい」
そう言われて、僕は混乱した。
伝説の武道家の講座では、瞑想の時間がある。
瞑想といえば、座って呼吸をするとか、頭の中に浮かぶ考えを通り過ぎる雲のように考えるとか、そういうイメージがあった。
座ってやるものだと思っていたけれど、並べられていたイスは部屋の壁際に積まれ、部屋を広い空間になっていた。
参加者たちは、伝説の武道家の方を向き、彼の合図に合わせ、からだを動かし始めた。
からだを弾ませたり、手を上に挙げて下ろしたり、首を倒したり、肩を回したりと….
その後、向かい合って並ぶ、相手に礼をする。
片方は目を瞑りながら立ち、もう片方がその目を瞑っている相手を指先で優しく押す。
目を瞑る側だった僕はどうしたらいいのかわからなかった。ただ押されるのを感じていただけだった。
どうしたらいいのかわからず、薄目を開けて周りの様子を伺っていた。
周りの参加者はゆらゆらと押されるのに任せて体を動かしていた。人によっては床に崩れ落ちるようなほどに動いていた。
僕は反応することもできず、ただただ突っ立ていたように記憶している。
伝説の武道家は僕の横に近づいてきてこういった。
「ジュンさんね、あなたもっと無責任になりなさい」
僕は、その当時、仕事もプライベートもうまくいってなかった。だから、これ以上どうすれば無責任になれるというんだろうと心の底で思った。
僕の左斜め前にいるベテランらしき人を指さして
「彼みたいにもっとね、だらしなくなりさい。」
どんなだらしない人なのだろうか、時間に遅れたり、仕事もろくにしなかったり、女好きだったりなのだろうかと思った。
そのベテランは、もの見事に崩れ落ちるかのように動き、ゆらゆらと立ち上がることを繰り返していた。奇妙な動きだった。
その姿を見て、この瞬間、この講座の時間だけでも、だらしなくなってみようと思った。
その押したり、受けたりする動きを何度か繰り返した後、2人組から4人組、4人組から8人組とペアやグループが集められ、その中で押したり受けたりが始まった。
そうやって繰り返しているうちに、いつの間にかに全員で押したり、押されたりしながら、渦を描くようにぐるぐると周り始めた。
僕も前の人を追いかけるように、押された感覚に反応しながら、周り続けた。僕は唖然としながらも、触れられた感じがしたらそれに反応しながら、その渦に巻き込まれていった。
「やめぇ〜」という伝説の武道家の合図に合わせて、参加者たちは緩やかに立ち止まっていく。余韻を感じるかのように。
渦に巻き込まれていた時からもう何だかわからなくなり、もう何も考えていた無かったように思う。
その後、さっき部屋の端に積んだ椅子を出し、参加者全員で輪を作るように座り始めた。
渦に巻き込まれて動き続けた僕は肩で息をしながら座った。武道と聞いていたので、背筋を伸ばして、びしっと座っていた。
伝説の武道家は立ち上がったまま、ベルトを少し緩め、深く息を吐いた。
そして、座っている僕の方にまた歩いて寄ってきた。武道家は、手刀で僕の胃をグッとグッと押し込んできた。
緊張が胃に現れるという。そして、その武道家はその緊張を身体に感じるようで、僕が胃が前に出ていたようで、何度か胃を押された。
そして、またこう伝えられた。
「じゅんさん、もっと無責任になりなさい」と
そこから部屋の電気が消され、瞑想の時間となった。